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今週の専門コラム 「最強の武器はストーリー」 第31話 成長志向のベンチャーに必要なものと、その落とし穴

先週、シモヤは興味深い記事を見つけました。創業からわずか10年で東証一部に上場し、売上140億円近くに達するユーグレナを創業した、出雲社長のインタビュー記事です。少し長いですが、引用します。

僕は会社をつくる時に色んな大学発ベンチャーを調べて、うまくいっていないところは決定的に「広報」と「知財」が足りないと気づいたのです。

大学発ベンチャーは、技術が優れているほど自信過剰になり、広報と知財をおろそかにする傾向にあります。こんなに素晴らしい技術なのだから広報しなくても世の中は気づいてくれるはずだと広報に力を入れない。その結果、誰にも気づかれずに終わってしまう。(中略)

私はこれまで、世の中の人々にミドリムシについて知っていただくことに一番パワーを使ってきました。もちろんベンチャーが生き残る切り札となる知財も重視しています。お金がない大学発ベンチャーだからこそ、何よりも「広報」と「知財」を大切にしなければいけない。これは私の創業時からの信念です。

これは数多くの成長企業を取材した、シモヤの実感とも完全に合致します。若き日のソフトバンク・孫社長、楽天・三木谷社長、サイバーエージェント・藤田社長などの例を見るまでもなく、多くの急成長ベンチャー企業が広告ではなく、マスコミを利用したブランディングに注力してきました。

創業から3年で上場したクラウドワークスのIRページを見ていて、驚いたことがあります。なんと創業初日から、「本日創業しました」という事実をプレスリリースで配信しているのです。ここまで意識しているのか、ということです。

マスコミを活用した自社のブランド化を意識しているベンチャー企業が極めて少数派であるだけに、注力しているベンチャー企業は成果を得やすい。競争相手が少ない、いわゆる「ブルーオーシャン」というやつです。

とはいえ、経営資源に余裕がないベンチャー企業は技術という自社の競争力の源泉や売上に直結する営業に、人や資金を集中的に投じざるをえません。そうすると、マスコミ対策を中心とした広報戦略は実施するとしても、必然的にアウトソーシングすることになります。実はここにベンチャー企業が共通して陥る、落とし穴があります。

それは「そもそも誰に依頼するのか、適切な相手を選ぶことが極めて難しい」ということです。

圧倒的多数のPR会社やフリーランスのPRパーソンがやっているのは、単なる作業代行です。深い考えもなく、プレスリリースをフォーマット通りにまとめる。そのプレスリリースをマスコミに送付する。マスコミからの問い合わせに答える。これらはすべて作業の代行です。

大企業であれば、作業代行は大いに意味があります。高給取りの社員を充てずに済むというだけではありません。

大企業には実に雑多な問い合わせが来ます。その際たる例は自動車会社です。新聞、テレビといった有名メディアにとどまらず、自動車専門誌、自動車評論家、ネット媒体と膨大なメディアに対応する必要があります。しかも、自動車は世界展開の製品なので、問い合わせは海外からも押し寄せます。自動車の専門用語を理解している作業代行は、大変助かるのです。

プレスリリースを読んでいると、発信主が「◯◯事務局」というものを多く目にします。(「◯◯」には大企業の新商品や新サービスが入ります)。これは作業を丸ごと請け負っている、最もわかりやすい例です。

ただ、中小・ベンチャー企業で取り組むべき広報PRにおいて、作業代行はごくわずかです。最も重要なのは、「何を発信するか」、「その発信内容は、しっかり自社の成長につながるものか」という、極めて戦略的な意味合いが強いものです。メディア業界に精通しているだけではなく、ビジネスに対する理解も欠かせません。

そうした役割をこれまで大企業向けの作業代行を中心にやってきた会社や人物が担えるのか、ということです。

私がテレビ東京で「ワールド・ビジネスサテライト」などを制作していたときに、取材先から広報業務を「丸投げ」されているPR会社の方とのやりとりは避けていました。これは私以外の他の記者も同様です。

なぜ避けるかというと、そもそも意味がないからです。有名経済メディアが取材したいのは取材先の経営戦略に関わる話です。つまり、社長に直接、話を聞きたい。

社長がインタビューを受けるかどうか、あるいは社長インタビューの企画趣旨を詰める。これらはPR会社で判断できることでは到底ありません。仮に広報業務を受託しているPR会社に話したとしても、彼らは発注主である広報部長の判断をそのまま仰ぐことになります。PR会社に話しても、伝言ゲームにしかならないのです。であれば、直接、広報部長と交渉した方が、企業側も記者側も双方にとって、話が早い。

経営戦略に関わるほどの広報を担った経験のあるPR会社や担当者の絶対数が、極めて少ないということなのです。

では思い切って、戦略も担ってきた経験者を正社員として採用すると決めたとします。これもなかなか厳しい道のりです。というのも、優秀な広報パーソンが転職市場に出てくることが極めて稀だからです。これは必然です。

理由のひとつは優秀な広報パーソンは大企業に偏在しているので、中小・ベンチャーに転職しようという意欲のある人が少ないということ。もうひとつは、優秀な大企業の広報パーソンを、優秀たらしめているのは社内人脈と社内事情に精通しているということだからです。つまり転職によって、自分の強みの多くが失われることを理解している。ここが技術者や営業パーソンの転職と決定的に異なるところなのです。

玉石混合という言葉があります。社外に広報を依頼されるのであれば、圧倒的多数の「石」のなかから、ぜひ「玉」を見定めてください。

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