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今週の専門コラム 「最強の武器はストーリー」 第67話 「少年ジャンプ」の歴代人気作品に見る、時代とともに変えるべきもの、変わらないもの

先日、スタートアップ企業向けの広報PRセミナーで登壇しました。その質疑応答の際、とても示唆に富んだ質問がありました。

「時代によって、ウケるストーリーは変わるのでしょうか」

そのときの私・シモヤの回答は「根本は変わらない。が、その装いは変わる」です。では「変わらない根本」とは何で、「変わる装い」とはどのようなものなのでしょうか。

本稿では、週刊「少年ジャンプ」に連載されていた歴代の大ヒット漫画を例に考えてみます。

1984年から1995年にかけて連載され、大ヒットしたのが「ドラゴンボール」です。主人公・孫悟空は地球を滅ぼそうとする、ピッコロ大魔王、人造人間、ベジータ、フリーザ、魔人ブウといった強敵と、次々と戦っていきます。

孫悟空の戦う目的は、「地球を守るため」です。ですが「地球を守ること」以上に、孫悟空には大切な価値観があります。それは、自分が誰よりも強くなることです。

地球を滅しにきた敵を倒しても、孫悟空はトドメを刺さないことがほとんどです。殺さない理由は、許しでもなければ、情けでもありません。「強敵と再戦したい」からです。数少ない強敵を生かして再戦することで、さらに自分が強くなることを楽しんでいるのです。

強くなるためには、どのように厳しい修行も自ら進んで挑みます。家族との時間などは、完全に二の次です。育児や家事は、完全に妻に任せっぱなしです。

ドラゴンボールにおける「強さ」とは客観視できるものです。戦えば、強さは自ずとはっきりします。それどころか、ドラゴンボールには「スカウター」という、相手の強さを数値として可視化するための道具まで出てきます。

孫悟空は、その客観的な強さを追求することに、何の迷いもありません。ひたすら、一直線に強くなろうとします。

客観視できる強さを重視すると言う意味では、あたかも売上や収入、出世を競い合うビジネスパーソンのようでもあります。

孫悟空の抱いている価値観は「世界と自己成長・至上主義」とも言えるものです。

「ドラゴンボール」の次に大ヒットとなったのが、1997年から始まり、現在でも連載中の「ワンピース」です。

主人公・ルフィが戦う理由は、常に「旅の途中で出会った仲間に害を及ぼす存在を排除するため」です。

ルフィもドラゴンボールの孫悟空同様、強くなるために無人島に籠り、鍛錬に励んだこともあります。ですが、それは孫悟空の理由とは全く異なります。自己実現ではなく、あくまでも「仲間を守れる自分になるため」です。

ルフィの言う「仲間」とは、それほど大袈裟なものではありません。それまでの少年マンガよりも、どこか、かなり「軽い」印象を受けます。

長く旅をともにしているゾロ、サンジ、ナミ、チョッパー、ウソップ、フランキーは当然、仲間です。ですが、旅先で出会った人物とも意気投合し、その日のうちに長く旅をしている仲間と同じほどの「友だち」になったりもします。

ルフィは事あるごとに「オレは海賊王になる!」とも叫びます。ルフィの言う「海賊王」とは、「海賊の支配者」でもなければ、「最も強い海賊」でもありません。「誰よりも自由な存在」こそ、ルフィの言う「海賊王」なのです。

「誰よりも自由」という状態は、客観視できるものではありません。心のありようというか、あくまで自己満足的な価値です。

ルフィの抱いている価値観をまとめると「(気楽な)仲間と自分自身の世界観・至上主義」とも言えます。

そして、現在。この「ワンピース」を超える売れ行きを見せている作品があります。「鬼滅の刃」(きめつのやいば)です。

2016年から連載がスタートした「鬼滅の刃」は、2019年だけで1200万部以上を販売。「ワンピース」を抜き、2019年に最も売れたコミックです。累計発行部数は、すでに4,000万部を超えています。

とはいえ、少年マンガなので、見たことがないという方のほうが多いでしょう。簡単にあらすじを説明します。

舞台は大正時代。主人公・炭治郎は家族想いの少年です。炭治郎が家に戻ってみると、大切な家族が惨殺されていました。妹だけはかろうじで一命を取り留めました。惨殺は鬼の仕業でした。生き残った妹も、鬼の血を与えられたことで、鬼に変えられていたのです。

主人公・炭治郎は妹を人間に戻そうとします。どうしたら妹を人間に戻すことができるのか。炭治郎は鬼を倒すための旅に出ます。鬼を倒す続けることで、鬼から人間に戻すための方法を得られるかもしれないと思ったからでした。

炭治郎の戦う目的は「妹を人間に戻すため」です。炭治郎は悟空やルフィのように、強い存在ではありません。

戦いの最中に弱音も吐きます。

すごい痛いのを我慢していた。

俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった

自分自身を励ましたりもします。

頑張れ‼︎ 頑張れ‼︎ 俺は今までよくやってきた‼︎ 俺はできる奴だ‼︎

炭治郎の努力や身体能力は、決して常人のものではありません。ですが、悟空やルフィのような超人ではなく、どこか等身大の主人公なのです。これらの台詞から伺える「小さな承認欲求」も、どこにでもいる少年のようです。

敵であるはずの鬼に対して、炭治郎は思いやりを見せます。鬼を倒した後、「成仏してください」と呟くのです。

炭治郎の価値観は「家族と人間性・至上主義」と言えるようなものです。

さて、ここまで3作品の主人公が守ろうとしてている対象と大切にしている価値観を見てきました。人気が出た年代と併せて、一覧にまとめてみます。

80年代ドラゴンボール世界・自己成長
00年代ワンピース仲間・自分の世界観
20年代鬼滅の刃家族・人間性

いかがでしょうか。時代の移り変わりとともに、守るべき対象がどんどん小さくなっていることがわかります。

大切にしている価値観を見てみると、「ドラゴンボール」では「他人よりも強い」という、あくまで他者との比較があって、初めて成り立つ自己実現です。

「ワンピース」では「ドラゴンボール」よりもはるかに主観的な価値観のうえで生きています。「仲間以外は関係ない」という閉じた空間での自己満足的な世界観を追い求めています。

そして最新の「鬼滅の刃」ではもはや「他人との比較のうえで成り立つ自己実現も、主観的な自己満足も、もはや大した意味がない」とでも言っているかのような、人間として最後に残された、根源的なものにまで行き着いているように見えます。

こうした「鬼滅の刃」の価値観は、どこか最近の潮流である「SDGs(Sustainable Development Goals(=持続可能な開発目標))」に通じるようにも感じられます。

そして、上の表は作品名を除けば、その時代ごとの「今どきのビジネスパーソン」像と、どこか重なるようにも見えます。

各年代ごとの主人公の価値観は、ストーリーにおいて「変わっているもの」です。

ですが、ストーリーの根本である「弱者が仲間を集め、強者と戦う。戦いの過程を通じて、主人公は成長を遂げていく」という構造は、「変わっていないもの」です。

まさに冒頭の「根本は変わらない。が、その装いは変わる」ということなのです。

自社のストーリーを広報PR、あるいは採用のために、経営者の「想いのまま」に掲載しても、就職先を探す若い世代、顧客、あるいはマスコミが見ても、何の共感も抱かないことがほとんどです。

その原因は多岐に渡りますが、時代の変化に盲目であることも、その一因です。

かつて「カリスマ経営者」と持て囃された人物が、「ブラック企業」の代名詞のように叩かれたことがありました。これなどは自身の成功体験と生きてきた時代の価値観に自信を持ちすぎたあまり、時代の変化に鈍感すぎたため、とも言えます。

広報PRに長けた経営者は、ストーリーを語ります。ストーリーの根本は一度作れば、そう変える必要はありません。また一貫した広報戦略をとるために、そうそう変えるべきものでもありません。

ですが、その装いを時代の変化に合わせて、ストーリーを周囲が気づかないほどの細かな修正を、絶え間なく続けているものなのです。

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