• TEL : 03-6822-4810
  • 〒151-0051
    東京都渋谷区千駄ヶ谷 5-27-5
    リンクスクエア新宿 16F

今週の専門コラム 「最強の武器はストーリー」 第36話 「何もない」ということが、ない理由

「シモヤさん、本当にうちにはアピールできるようなことが何もないんですよ」

あるIT関連企業の経営者の方から、先週、ご相談を受けました。確かに手がけている事業に、いわゆる派手さはありません。流行の「ブロックチェーン」、「IoT」、「人工知能」といったものとも無縁です。確かに外見の派手さはありません。

ですが、おとなしい見た目の人が本当におとなしい性格でしょうか。見た目の派手さはなくても、本当に「何もない」と言えるのか、ということなのです。

夏目漱石の「夢十夜」という短編集があります。夢で見た10本の短編小説をまとめたものです。その十夜の第6夜として、次のような話があります。

平安、鎌倉時代に活躍した仏師・運慶が、なぜか明治時代に群衆に見られながら、1本の材木から仁王を掘っている。改めて説明するまでもありませんが、運慶といえば国宝の東大寺仁王像をつくった、日本の歴史上、仏師の頂点に位置する人物です。

その運慶が仁王を掘っている姿を見ていた主人公が、別の群衆のひとりと、こんな会話を交わします。

「よくああ無造作に鑿(のみ)を使って、思うような眉まみえや鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言ひとりごとのように言った。

するとさっきの若い男が、

「なに、あれは眉や鼻を鑿(のみ)で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中にうまっているのを、鑿(のみ)と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。

一般の人には、無造作に掘っているようにしか見えない。けれど、運慶のような名人には「見えている」のです。運慶が無から何かをでっちあげるのではなく、木から「掘り出す」だけのように見えるほどに自然に、です。

アピールポイントの有無も、この夢十夜の運慶の話にかなり近いところがあります。

すでに仁王の輪郭がほぼ見えている材木に仕上げを施して、仁王像として完成させる。それは運慶のような一流の仏師ではなくてもできる仕事です。

「仁王の輪郭がほぼ見えている材木」は例えるなら、「ブロックチェーン」、「IoT」、「人工知能」で世界を相手にトップを競っているような企業です。

アピールポイントを構築する作業は、当事者や一般の方には見えない要素を掘り出していくものです。何かをでっち上げるのでもなく、素材の中に埋まっているものを形として掘り出し、再構築していく。その掘り出し方に、仏師としての腕が出るわけです。

仁王像は今は誰の目にも見えていない。けれど、確実に材木のなかに埋まっているものなのです。

多くの中小ベンチャー企業が、仁王像になりうる。にも関わらず、材木で終わってしまっているという現実。この圧倒的多数の現状に少しでも抗っていきたい。それが、私、シモヤの独立の原点にあります。

仁王像になる可能性を、自ら閉ざさないでほしい。心から、そう願っています。

「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」で500人以上の起業家を描いてきたストーリー構築法“熱狂的ファン”を生み出す実践的7ステップ